エメラルドの海
地下鉄の通った後の風はぬるくて
にごっていた
どわっと降りてきた人たちをみて
こんなにも人がいるのにこの街ではわたしが一人であることを再確認する
わたしもこの駅で降りた人の一人でしかない
誰かの景色に溶け込み
足跡のついたつま先を前に一歩踏み出して歩く、なにも考えず立ち止まらず歩き出す
海の見える綺麗なまちに住んでいた
魚臭くて嫌い、ださくてなんもないから出てきた
山や海や川を毎日眺めても感動はしない
地下鉄もない
ぬるくてにごったあの風も吹かない
下ろしたてのスニーカーも踏まれることはない
駅にはだれもいない
電車は少ない車両でからっぽのまま目の前を走り抜けた
寂しそうな後ろ姿を見送り
雑草や黄色い野花が揺れたと同時に深呼吸をした
あのどわっとした風景を思い浮かべて
寂しさが押し寄せた
こことはちがう、寂しさが。
祖父の家から帰る坂道で町が一望できる
黄昏れ時の夕陽でキラキラと眩しく光る波に目を細めて下っていくずんっと胸の中を押されるような痛みが広がっていく
雑草はまっすぐのびのびと育って道を塞いだままでいる
邪魔をするものも踏み倒すものもない
地下鉄の海は、今日も重そうにぬるくてにごった風を運んでいる